中学校の教員になる気がなかった私が中学校の教員を目指した理由

研究室の同期が、教員を目指した理由についてFacebookで発信していたのを見て、私も教員を目指した理由をちょっと振り返ってみました。

 

教員採用試験のときは「中学校(高校)時代の恩師の影響で」というわりとよくある理由を話していた気がします。

 

恩師の影響が強かったのは事実です。中学生くらいの時から明確に「学校の先生になりたい」と考えていました。

 

ただ、その一方で、ずっと「中学校の教員にはなりたくないなぁ」と思っていました。というのも、私が通っていた中学校が荒れに荒れており、そこで働く先生方を見ていて「自分はあんな風にはなれない」と思っていたからです。

 

当時の母校は生徒指導の事案だらけでした。

・空き教室で煙草を吸う生徒がいる

・授業中に廊下を歩いてはスプレー缶で落書きをしてまわる生徒がいる

・月1ペースで学校のどこかのガラスが割れ、修理が追い付かないのですりガラスではなく透明なアクリル板で急場しのぎをしている

・頻繁にいたずらで消火栓のボタンが押されるので、サイレンが鳴ってもだれも驚かない

・いじめが起こる

・特定の先生の授業妨害が教室のそこらじゅうで起こる…etc.

 

西川先生の授業で「学校が荒れていた経験はあるか?」というような問いを投げかけられたことがありました。

「授業中に先生に難癖をつけて先生を土下座させた生徒がいた」と私が答えたときは、まわりが「え…本当に…」という感じで若干引いていたのですが、事実です。そのときのことは今でも鮮明に覚えています。

 

土下座したのは若い女性の先生でした。特段授業がわかりにくいとかそういったことはなかったような気がしますが、ターゲットになっていました。授業中に授業妨害があっても、私は教室の隅で嵐が去るのをひたすら待つしかできませんでした。

 

いつの間にか、その先生に未来の自分を重ねて見ていました。私が教師になったとして、その当時の先生と同じことを生徒にされたらきっと心が折れてしまう。絶対に中学校の先生にはなれない。そう思っていました。

 

 

そんな私が中学校の先生になろうと思ったのは、やはり教職大学院の影響が大きいです。

 

私は中高の免許しか持っておらず、地元の自治体を受験する場合、高校の倍率が高いということもありますが、それ以上に教職大学院での経験が私を変えたような気がします。

 

まず、大学院の講義のグループワークで、私が中学時代に授業で土下座していた先生と偶然再会しました。現職派遣でいらっしゃっているようでした。その先生のお元気そうな姿を見て、少し安心しました。

 

そして、キャリア教育の研究を通して、中学生のときの進路選択がその後の将来に大きく関わることを知り、生徒たちが納得した進路を自ら選んで進んでいってほしいと思うようになりました。

 

また、『学び合い』を通してさまざまな中学校の先生と出会い、その先生方の姿を見て、あんな風になりたいと思うようになりました。

 

 

中学時代のことは、私の中では強烈な経験でした。たぶん忘れられないと思います。

 

正直、4月から中学校で教壇に立つのに不安があります。その不安を少しでもワクワクに変えられるように、残りの2ヶ月ちょっとを悔いなく過ごしたいです。