タイトルまだまだ迷走中

昨日から論文のタイトルのことしか考えていない。

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とりあえずゼミで聞いてみるか、と西川先生に質問しようとしたら門前払い。

「自分がそれでいいと思うならそれでいいはずだ」

「迷ってるってことは何か答えをもらおうとしているだろう」

…ごもっとも。

 

「ゼミ生に読んでもらった後、他ゼミに読んでもらえ」というありがたいアドバイスをいただいたので、その後の全体ゼミで「このタイトルどう思う?」と投げてみた。そしたら、「ここが気になる」とか「ここはこうした方がいいんじゃない?」などといろいろと意見をもらえた。指摘をもらったところは、たしかに私もちょっともやっとしていたところ。

 

臨教に出さなきゃいけないのはゼミ生はみんな同じ。私は一人でやっているから、やっぱり一人で抱え込んでしまっていたのかも。

 

ゼミ生に見てもらった後、またいろいろ考えて、それでもやっぱり心配だったので、ゼミ室にいる人をつかまえては「このタイトルどう思う?」と聞いて回っていた。

そして、「他ゼミに見てもらえ」って言われたなぁと思い出し、研究に熱心に取り組んでいる研究室にいる同期2人にタイトルを見てもらった。

 

やっぱり他の研究室の人だと視点が全く違う。

「捉え方」は論文のタイトルではあまり見ないけど「意識」の方がよく見るかな

↑こんな視点はなかったなぁ。

彼らのおかげで言いたいことがはっきりしたような気がする。2人とも査読付き論文を書き上げ、今年も研究に打ち込んでいる。本当にすごい。

 

ずっと迷っていても仕方がない。

どこかで決断しなければならない。

でもまだ踏ん切りがつかないから、とりあえず今日は寝よう。

明日の朝起きて、クリアな頭で考えよう。

 

学会への申し込みだけは忘れないように。

論文タイトル迷走中

論文のタイトルが決まらない。

 

「臨教(臨床教科教育学会)の締切が来週なのに、タイトルまだ決まらないんですよ~」と西川先生に泣きついたら、「ここを読め」とバイブル(注:『実証的教育研究の技法』)を開いて見せてくれた。

 

自分と関係する研究を見つけるため、多くの文献を熟読して判断しなければならないならば、時間がいくらあっても足りない。従って、その文献のタイトルや要約から、すばやく判断しなければならない。最近では、効率よく研究を探すために、個々の文献に検索のためにキーワードをつけることが多い。

 キーワードは対象、内容、方法に着目する。

(中略)

 実は、以上のようなキーワードを連ねたものが、その研究のタイトル(題名)となる。(pp.14-15 第3節 先行研究の見つけ方より)

 

私「てことは、問題の所在の部分ができてないと、そもそもタイトルつけられないってことですよね」

先生、ニッコリ(悪魔の笑み)

 

少し前、先生には「問題の所在がおもしろくない」と言われ、「先行研究の部分がおもしろくないって何??」と思いつつも一から探し直していたのだが、めでたく(?)今週中までに問題の所在とタイトルを完成させなければならないことが判明。

 

今日も朝の9時からゼミ室にこもり、先行研究とにらめっこ。

ただ、おかげでだいたい必要なものはそろってきた(気がする)。

 

ふらっとゼミ室に降臨した先生に2つ3つ質問したり(研究に関しては最近やっと”会話”になってきた)、ゼミの同期と論文のタイトルについてああでもないこうでもないと話したりして、徐々に固まりつつある。

 

今のところのタイトルは、

「働く際に必要な力に関する企業関係者と高等学校教員との捉え方の差に関する研究」

インタビュー調査をもとに、高校教員よりも企業関係者の方が「働く際に必要な力」として異世代や異年齢のコミュニケーション能力を重要視していることを明らかにしたいと思っている。

 

ただ、まだタイトルの後ろに(仮)がつく。

うーん、これで本当にいいのかなぁ。

悩みは尽きないよ、どこまでも。

「中間考査で落として期末考査で救う」という常道

非常勤先の高校は明日から2学期の期末考査

私が担当する現代文は3日目なので多少余裕はあるが、「出勤する必要のない日にわざわざ行くのもなぁ」と思い、今日の午後にテストの印刷と格納を済ませてきた。

 

国語は枚数が多くなりがちなので(今回は問題用紙と解答用紙合わせて両面3枚!)、私はいつも1人分ずつ組んで折ることにしている。その方が監督の先生が配りやすいからだ。自分がもし逆の立場だったら、配る手間は少ない方がいい。これも講師をしていたときに知った、教員としてのライフハックのひとつ。

 

さてさて。

今回の問題作成には四苦八苦した。というのも、中間考査の平均点が想像以上に良かったからだ。

 

本当はうれしいことではあるのだが、問題がひとつ。「学期末の成績のクラス平均が70を越えてはならない」と内規(学校内で適応されるルール)で決まっているのだ。

 

そうなると中間考査の結果がよかったため、期末考査は平均点が50点台くらいになるようかなり難しくせざるを得ない。

 

テストなんてやってみないとわからないので、想定していた結果になる方がまれだ。しかも、生徒たちと出会ってから半年も経っていない。テストもこれが2回目。前回のテスト結果を見て生徒たちはかなりできるし、頑張ってくれるというのはよくわかったが、そう都合よくちょうどいい平均点になるようなテストを作るのは至難の業だ。私は頭を抱えた。

 

中間考査で落として期末考査で救う」というのは現場に出てからよく耳にしたフレーズ。でも、立ち止まって考えてみると変だなぁと思う。無理して落とさなくていいし、わざわざ救う必要もないはず。目標に沿った問題を出して、それで生徒たちが良い結果を出せたなら、それでいいじゃないか。現状は評価のための評価になっているような気がしてならない。

 

でも、学校に勤務している以上、その学校のルールには従わなければならない。

たしか、これと似たような質問を学年ゼミで同期がしていたような…

 

ということで、私は苦心して考査の問題をなるべく"難しく"したのだった。どうなることやら。

 

生徒の実態を捉え、目標に沿った問題を出すというのは本当に難しい。正直、一生できる気がしない。

「先行研究が見つからない」は甘えてる証拠なんだろうな

個人研究が佳境だ。というのも、学会発表の申し込みの締め切りが来週頭で、それまでにタイトルを決めなければならない。

 

先日、西川先生に「問題の所在が面白くない」と突き返されたので、先生のアドバイスをもとに一から問題の所在に挙げる先行研究を調べることになった。

 

それでも見つかったのは数件ほど。いろいろ検索ワードを変えて調べてはみたが、だんだん本筋からそれているような気がしたので、ゼミ室にふらっといらっしゃった西川先生をつかまえて聞いてみた。

 

すると…


論文指導 第三弾

ここ最近始まった「論文指導」というタイトルの動画になってしまった(なお、私は声のみ出演)。

 

西川先生と話しているうちに、自分がなかなかに愚かな問いを投げかけたことに気づいた。

 

論文の問題の所在は最も分量が多くなる。今までの研究の蓄積を示し、「これは明らかになっている」「これも明らかになっている」「でもこれはまだ」というのを丹念に示さなければならないからだ。

 

この「でもこれはまだ」の部分がその研究のオリジナリティであり、新規性である。研究論文はこれを示さないと意味がない。

 

今日の午前中、中教審の議事録やら、国立教育政策研究所のサイトやらをひたすら見ていたら、「4領域8能力」というものにたどり着いた。個人研究と関係がある、経済産業省の「社会人基礎力」のもとになったものらしい。

 

ちょっと前進。

 

最近は以前にもまして研究に割く時間が増えた。もはや意地になっていると言ってもいいかもしれない。「なんのために研究してるんだろう」と考えるひまもないほど。

 

上の動画にも出てくるけど、話の終わりに西川先生がこんなことをおっしゃっていた。

「それでしーちゃんねぇ、気づいてないけどねぇ、この研究がなぜ大事かと言うと、結局、学校教育でも、異なった年齢、かなり異なった年齢の人との交流は絶対必要だというふうなことを言える研究なのよ。」

 

こうして、西川先生の太鼓判(?)のようなものがあると、救われた気になる。

 

研究やっててよかったなと思う。

 

さあ、今週がひとつの山場だな。

結果を出すために自分にできることをしよう。

インスタ、ちゃんと始めてみた

今朝、不意にインスタを始めたくなったので始めてみた。

 

「みんな持っているし」とアカウントはだいぶ前に作っていたのだが、結局使わずじまいでアプリもスマホから削除してしまっていた。

 

そもそも私はそんなに写真を撮る方ではない。美しい景色や絵があってもその場で自分の目に焼き付ければそれでよく、あとから写真を振り返ることなどほとんどないのだ。だから写真やストーリーズなどの動画がメインのインスタはあまり興味がなかった。

 

ただ、最近服作りに手を出し始めてからは、自分が作ったものを写真に撮って残しておこうと思うようになった。

 

今朝載せたのも、ワンピースをリメイクしたスカートと、スカートと同じ布で作ったシュシュ・ヘアゴムの写真。

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たぶん私のインスタはハンドメイド作品の写真ばかりの趣味のアカウントになりそうだが、身の回りには自分で作ったものたちがたくさんあるので、ちょうどいいポートフォリオになりそうだ。

 

私の手芸の技術は完全に自己流である。母が趣味で洋裁をやっていたのでときどき母に「ここってどうすればいい?」とアドバイスを求めることもあるけれど、基本は本を読んだりネットで検索したりして見様見真似でやってきた。

 

ビジューとか編み物とかいろいろ手を出してきたけれど、今のところは服作り、ときどき刺繍やビーズやポーチなどの小物といったところに落ち着いている。

 

「ポーチ かわいい」とか「バッグ フリル」などのワードで画像を検索しては、ぱっと見で気に入ったものを自分で適当にパターンに起こして作る、というのを繰り返してきたのだが、コツとかポイントとかどこの本の型紙を使ったのかといった作る上で重要なポイントがサイトに載っていないことも多く、歯がゆい思いをしてきた。

 

私がFacebookにハンドメイドの写真を投稿する時、どこの型紙を使ったとか、どこが大変だったとか書きたがるのは、きっとこういう経験を今までしてきたからだろうし、そうやって書くとどうしても文章が長くなるので、私はあんまりインスタ向きの人間ではないのかもしれない。

 

まぁ、でも作品のポートフォリオとしては優秀だと思うので、今後も気が向いたら投稿してみようかな。

休日は無性に丁寧に生きたくなる

お休みの日は時間を使ってゆっくりと何かをしたくなる。

 

普段はざっと掃除機をかけたりゴミを拾ったりする程度だが、晴れていれば窓を開けてはたきをかけ、椅子などを移動させてすみずみまで掃除機をかける。

 

また、いつもは朝の30分でご飯、みそ汁+3品を作るのだが、休日はちょっと手の込んだものを作りたくなる。昨日は買ってきた牛すじをゆでこぼしたあと3時間下ゆでし、赤ワイン煮にした。ついでに牛すじカレーも。

 

たぶん来年以降仕事をし始めたら、特に最初の方は、疲れ果てて寝るだけの休日になりそうだな。

 

それでも、丁寧に掃除して、時間をかけて料理をして、おいしいお酒とともにおいしいものを食べたいなぁと思う。

 

大切な人とその食事を共にできたら最高だろうな。

「ズバッと!解決上越」

暮らしの困りごとを引き受ける団体が上越市にできたそうだ。

その名も「ズバッと!解決上越」。

https://www.joetsu.ne.jp/128547

 

建築業や不動産業、マッサージサロンなどの9つの事業所が立ち上げたそうで、家電品のトラブルや水回りのトラブル、空き家処分まで様々な暮らしの問題をワンストップサービスで解決することを目的としているらしい。

 

設立の背景には高齢者が困りごとを解決できない現状があるという。代表の方曰く、「『ここに電話すればどうにかなる』と思ってもらえる場所があればいいと思い、発足に至った。参加している9社は地域に根付いている事業所で、地域の人にとっても安心できる」とのこと。

 

定年退職後や高齢になると、なかなか外とのつながりを作りにくい。私の父を見ていてもそう思う。父の普段の話し相手は、母か私かラジオかテレビがほとんどである。あとは、ときどき同じ集落で暮らす人たちと話すくらい。

 

仕事を始めると職場での人間関係がメインになる。職場の人たちと退職後もつながりを持ち続けるかというと必ずしもそうではない。

 

そう考えると、人生を豊かに過ごすためにも、小中高の友達とのつながりを保ち続けることはとても重要なことなんだなと感じる。

 

私などは何か困りごとがあれば「○○  やり方」などと検索して情報を得たり、業者等につながったりする。しかしながら、高齢者だとスマホやパソコンを持っていないことも多く、そもそも何か困ってもどこに電話をかければいいかわからず、困りごとがそのままになってしまうことも少なくないのではないかと思う。

 

そうした現在の高齢者にとっては、「ズバッと!解決上越」のような何でも屋さんは心強い存在になりうる。

 

そして私は、未来を担う子どもたちに「小中高の友人、知り合いとのつながりをずっと続けていった方が得だよ」と語り続けたいと思う。