母曰く、私は小学生の時から先生になりたいと思っていたらしいのだが、不思議と小学校の先生になりたいとは思わなかった。
小学校時代の担任の先生は、それぞれ素晴らしい先生方ばかりだった気がする(私は幸か不幸か今まであまり”反面教師”というものに出会ったことがない)。
それでも、その先生方の背中を見て思ったのだ。
「あぁ、私には全教科教えるのは無理だ」と。
私はピアノは弾けないし、絵も上手ではない。スポーツもそんなにできる方ではない。
今なら「別に必ずしも私がすべて教えようとしなくてもいい」と思えるのだが、その当時は全教科教えられる小学校の先生はスーパーマン(スーパーウーマン)で、私は到底そうはなれないと思っていた。というか、今もそう思う。最初から小学校教員志望の同期や小学校免許の取り増しをしている同期・後輩を見ていると、「すごいなぁ」という畏敬の念が湧いてくる。
さて、前置きが長くなった。
私はずっと中高の教員を志望していたせいか、以前は小学校に関するニュースを目にしても正直脳を素通りしていた。
ただ、最近学校連携プロジェクトで小学校に入ることになったためか、小学校に関するニュースも脳内に引っかかるようになった。
↑このニュースもそう。
教科担任制により専門の教員が教えることで、
①子どもの理解や学びが深まる
②教員一人当たりの授業時間削減+準備の効率化→負担軽減
につながるそう。
この記事を読んでいてふと思い出したのが、連携校に挨拶に行った帰りの車中の話。
「自分は○○の中高の免許持ってるからいいけど、小学校の免許しか持ってない人はどうするんだろうね」という発言が頭の中に浮かんできた。
車中での話では、一部の教科が、というのではなくて全教科で教科担任制になったら、という前提の話だったが、その専門性は何によって担保されるのだろうと考え込んでしまった。
該当教科の中高の免許を持っていたら、専門の教員ということになるのだろうか。
(リサーチ不足なのでよくわかっていないのだが)
「自分が中高の教員志望+まわりの同期は複数免許持ち」という環境に身を置いているせいか、意識していないと見えてこないものもあるんだなぁと感じた。
小学校の教科担任制、今後どう進んでいくのだろうか。
専門性のある人材の確保や教員定数の確保の方策はどう具体化されるのか。
これからも注視していきたいと思う。