「お説教の口」になっていたなぁと反省

今日は3コマ授業があったが、どのクラスも進度がだいたい同じなので試行錯誤の繰り返しだった。

 

最初のクラスは課題への取り掛かりが早くなるといういい姿が見られたが、私語が目立つのが気になってしまった。

 

最後の語りでは、よかったこと1つともったいないなと思うこと1つという形で話したのだが、よかったことを話している段階ですでに「あぁ、お説教の口になっているなぁ」と感じた。私はやっぱり演じるのが下手だ。

 

結局その場で修正できなかったのでそのまま語ったのだが、案の定、振り返りシートには「自分たちの課題が終わっていたのでしゃべっていただけです」というコメントが。「うーん、自分達だけできればいいわけじゃないんだけどなぁ…」と思いつつも、悪いところが目についてしまっているのは確実に生徒たちに伝わるのだと痛感した。

 

「全員が達成する」という思いが弱くなっていたと思ったので、次のクラスでは「全員がプリントを完成させること。全員っていうのは、寝てる人も関係ないことしている人もおしゃべりしている人も例外なく、ひっくるめて全員ってことだからね」と最初に伝えた。

 

このクラスは普段寝ている生徒の割合が多いのだが、今日はほとんどの生徒たちが課題に取り組んでいた(もちろん、前にある模範解答をそっくり写して終わり、という生徒もいるのだが、一言いいたいところをぐっと我慢する)。

 

ただ、あるクラスで上手くいったことが他のクラスでも上手くいくかというとそういうわけではない。

 

生徒たちのいいところを見る目を磨いていかなければ。

言わなければならないことを言うためには、その10倍はいいところを伝える必要がありそうだな。