「解説がわかりやすい」というのはもちろんうれしいことなのだけれど

先週から、割り切って解説の時間と演習の時間を分け、前者は一斉授業、後者は『学び合い』でやるようになった。

 

ちゃんと(?)解説するようになったからか、振り返りシートのコメントには「解説がわかりやすいです」「解説のおかげでより深く理解できました」というようなフレーズが並ぶようになった。

 

もちろん「解説がわかりやすい」というのはとてもうれしいことだ。

 

絵が下手なりに文章を図解したり表にまとめたりして、視覚的に内容をつかみやすくするような工夫はしている。

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(今授業でやっているのは、夏目漱石の『こころ』)

 

ただ、私が親鳥、生徒たちが雛鳥で、雛鳥の口に餌を運んでいるだけのような気がしてならない。

 

おそらくクラスの中には私が書くレベルの図解などやすやすとやってのける生徒はいるだろう。

 

私が解説しなくても理解できるようになればもっといいのになぁ、と思う自分もいる。

 

あ、もちろん私の解説で理解するの"も"アリだが、一斉授業で全員に対して解説をする必要はないのかなぁ、と。

 

ただ、今はこのスタイルが生徒たちには合っているのだろうと感じる。

 

「今のやり方でやってほしい」というコメントもちらほら。

 

私だけ一足飛びで進もうとしてもうまくいかないのは身にしみて分かったので、生徒たちの様子を見つつじっくりと進めていく必要がありそうだ。

 

私の思いやどうなってほしいかを折に触れて語ることは忘れずに。

 

最近解説の比重が大きくなったこともあり、語りがおざなりになっている気がするので、明日が勝負かな。