「答えを前に置いてほしくない」に対する私の答えは…

このところ、演習の時間を『学び合い』で進めている。

 

前々回の授業で「(『学び合い』のときに)答えを前に置いてほしくない。答えを読み上げる人がいて勉強にならない」と書いてきた生徒がいるクラス。

 

これに対する答えが、私の今日までの宿題だった。

 

昨日の授業で生徒に問いかけてみたら、いろいろな意見が出た。

「不安なとき確認したいから前に置いておいてほしい」が多数。

「置かないでほしい」はごく少数。

 

ただ、少数とは言え、わざわざコメントに書いてきてくれた以上、華麗にスルーするわけにはいかない。

 

それに対する私の答えは…

開始後10〜15分したら教室の前後に答えを置く」というもの。

 

今日の最初の語りは、上記の答えに加え、

・とりあえず今日はこの方法↑でやってみて、不具合が出たらまた考える

・なぜ答えを前に置いておくのか

という内容を中心に語った。

 

そして、「声のボリューム、トーンを考えて行動してほしい」と伝えた。

 

おそらく、答えを前に置いてほしくない子は、置くこと自体が嫌なのではなく、一生懸命取り組んでいる中で他の生徒が周りに聞こえる声で答えを読み上げている状況が我慢ならなかったのだろうと思う。

 

課題が終わった後、課題とは関係ない話で盛り上がり、うるさくなっていたのを「どうしたものかなぁ」と感じつつも放置していたので、いい機会かもしれないと思い、生徒たちに伝えた。

 

目を閉じれば見たくないものは見なくて済むけれど、音は聞きたくなくても耳に入ってきてしまう。だから、声のボリュームやトーンに気をつけてほしい

 

思いが伝わったのか、今日はギリギリまで課題に取り組んでいる生徒が多く、いつもより騒がしくなることは少なかったように感じた。

 

とりあえず、よかった。

ほっと胸を撫で下ろす。

 

 

最近は演習の時間中、机と机の狭い間をくるくると回り、生徒たちに声をかけるようにしている。

 

「せんせー、ヒントください」とか「わからん」と自分から言ってくる子もいるし、手が止まっている子には「今どこやってる?」「お! よく書けてるねー」「んー、これだとちょっと足りないかなぁ」と声をかけてみる。

 

正直、全体に目を配って見取ることができているかと言えば、そうではない。授業中に全体を眺められるのは、せいぜい1,2度くらい。

 

それでも、今は生徒たちとコミュニケーションをとることを優先すべきだと思っているからそうしている。

 

今の私には、生徒たちとコミュニケーションをとりつつ、全体に目を配って生徒たちの行動を見取るのを同時にやってのけるのは荷が重い。どちらかを選択するしかない。

 

もちろん、今までよりも全体の見取りが甘いことによる問題は今後出てくるだろうけど、そうなったら素直に謝って語りなおすしかない。

 

これも、私なりの折り合いのつけ方なのかな、と思ったり思わなかったり。