『異性』(角田光代・穂村弘)読了

 今が本の読み時なのかなぁと最近感じる。

秋の夜長に読書。そしてそのまま眠りにつく。わりと好き。

異性

異性

 

 ↑図書館でパッと目に入り、”衝動借り”したのがこちら。

小説家の角田さんと歌人の穂村さんのエッセイだ。おもしろくないわけがない。

 

この本は、「内面か外見か」「感情移入の男女差」「さかのぼり嫉妬」など、同じテーマについて角田さんと穂村さんがリレー形式で自身の考えを述べていく形で進んでいく。「さかのぼり嫉妬」っていうネーミングセンスがまず好き。

 

角田さんが女性視点。穂村さんが男性視点。

 

角田さんの内容に「わかるー!」と赤べこのごとくうなずいてしまうのは、私が女性だからなのかなとも思う。

 

対人的なスペース。

これは、たぶん恋愛マニュアル本などによく書かれている、「隙」というものだろう。隙のある女の子のほうがもてる、とそういう本にはかならず書いてある。もてたくてしかたなかった若き日の私は、隙とは何か、を懸命に考えていた。だってその正体がわからなければ、隙の得ようがない。

そうだ、あの懸命さが、私からスペース、つまり隙を奪っていたのだなあ。目をぎらぎらさせて隙とはなんぞやと考えて、隙が生まれるはずがない。(p.116)

 

この部分を読んで、「あぁ、私も”隙”について考えたことあったなぁ」と思い出した。

私が「隙がない」とはっきり言われたのは職場の飲み会でのこと。何をどうすれば隙が生まれるのか、そのときからいろいろ考えたのだが、結局答えは出なかった。

 

今は、笑顔でいること、自分の失敗談を話してみることが隙につながるんじゃないかなぁ、なんて勝手にそう考えている。

 

どちらかが別れたいと思った時点で恋は終わり、ってよく云われるけど真実だと思う。個人的な記憶から云うと、なんとなくキナ臭い雰囲気、つまり相手の愛情が薄れた感触を覚えてから、こちらがどんなに足掻いても持ち直せたことって一度もない気がする。あれっ、変だな、同じことをしても前は笑ってくれたのに、って感じた瞬間に、もう私は死んでいる。(p.225)

 

私はこと恋愛に関しては絶望的なまでにニブいと思う。

他者から向けられる好意は基本気づかない(まわりから指摘されでもしない限り)。

 

これは、きっと自身のなさからきているのだろう。「自分など(特に異性から恋愛対象として)好かれるはずがない」と思い込んでいるふしがある。

 

恋の渦中にいるときもそのニブさは健在。別れたあとになって、「あぁ、あれが”相手の愛情が薄れた感触”とでも言うべきものだったんだろうな」と反芻するが、時すでに遅し。怪しい雲行きの段階では気づかないのだ、残念なことに。まぁ、角田さん曰く「気づいてもどうしようもない」のだけれど。

 

普段こんな話を人とすることはないので、夜一人で本を読みながらいろんなことに思いを馳せる今日この頃。