指導案に『学び合い』の要素をいれようとあがく

先週中に同じ教科の先輩の先生方から朱入れしてもらった指導案を修正中です。日曜になって、やっとこさ重い腰を上げました。

 

松尾芭蕉の『おくのほそ道』の単元で授業公開をすることになり、勤務先の研究主題を踏まえた授業をしなければならないため、夏休み中に頭を悩ませていました。

 

「認め合い 高め合い 深め合う」をキーワードに、主体的で対話的な深い学びを目指す授業なので、話し合いや表現活動を入れた授業にしたいと思っていました。

 

『おくのほそ道』は紀行文ですが、俳句が散りばめられているという特徴があるので、最初、「芭蕉の思いを付句で表現する」という活動を考えました。

 

付句とは、五七五の俳句に合わせて七七の句を付け加えることで、そのときの芭蕉の心情をイメージして付句ができれば、心情が理解できていることになるかなと思ったのです。

 

ただ、付句だと七七の形式にとらわれすぎて作るのに時間がかかってしまうため、台詞形式で表現させたらどうかというアドバイスをもらいました。

 

たしかに、普段から作り慣れているならともかく、いきなり付句をやろうとしても、勤務校の生徒の状況を考慮するとうまくいかない可能性も考えられます。

 

そのため、切れ字に注目させ、俳句の大意を台詞形式で表現させることにしました。

 

主体的で対話的な深い学びを目指す授業なので、もはや『学び合い』では?、と思うのですが、馬鹿正直に『学び合い』と書くわけにもいかない現状。

 

それでも、「台詞を考える際は必要に応じて席を移動し、他者の考えを参考にするよう声掛けをする。」という一文を入れて、生徒たちの自由度を少しでも上げようと悪あがきをする私でした。

 

さて、もう少しやらねば。