雨の日に学習指導要領について考える

今日は朝から、部屋の中でも音が聞こえるくらいの雨が降っていた。

 

雨の日は憂鬱になる人が多いんじゃないだろうか。少なくとも私は、「雨だー!イヤッホゥ!」となる人に出会ったことがない。

 

雨が憂鬱な理由は人さまざま。前髪が決まらないとか、髪がふくらんでうねるとか、視界が悪くて運転しにくいとか、すべってコケそうになるとか(ここまでは全て私のことなのだけど)

 

雨がマイナスな感情を呼び起こすのは、何も日常生活のことだけではない。小説の心情描写にも、雨はよく出てくる。

 

先ほどの冒頭の表現じゃないけど、「外は土砂降りの雨が降っていた」なんて出てきたら、もうそれだけで心中穏やかじゃないんだろうなー、と思う。

 

ちょっとした表現から人の心情を推し量るのが、小説の醍醐味なんじゃなかろうか。

 

学習指導要領が改定され、高等学校の科目は大きく改変された。国語も例外ではない。契約書などの実用的な文章も扱う「現代の国語」と「論理国語」が登場した。「論理的」というのは、実は現在のAIが苦手とする分野の一つらしいので、論理的な読む・書く・話す・聞く力を養うことは、生徒が今後社会に出て、生き抜く上で必要になってくるのだろうと感じる。

 

ただ、おそらく小説を扱う時間は減ってしまう。今までは評論・小説・古典の全ての要素が含まれる「国語総合」4単位が必修になっていた。しかし、今回の改定で評論や実用的文章を扱う「現代の国語」2単位と、小説や古典を扱う「言語文化」2単位が必修として設定された。

 

「国語は文学的文章に偏っている」という批判がずっとなされてきたのは事実だが、小説でしか学べないこともあるのでは、と思う一教師(の卵)としては、少し寂しい気もする。

 

まあ、西川先生は「教科の内容などそれほど重要ではない」という考えの持ち主なので、こんな話をしたら、「あはははは」と笑われてしまうのだろうけど笑

 

あぁ、専門のことになってしまうと、つい熱く語ってしまう。僕の悪い癖。