『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』読了

『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ヤニス・バルファキス著・関美和訳)

実を言うと、この本は一度読むのに挫折していました。重要そうなところに線を引きながら読んでいたのですが、線を引くと一旦脳内がストップしてしまうのか、なかなかテンポよく読み進められなかったのです。

 

今日久しぶりに読んでみたら、途中からどんどん話に引き込まれ、5時間かからずに読み終えてしまいました。感動しました。

 

何に感動したって、国債の仕組みがわかりやすく書かれていたことです。

「なぜ国の借金である国債を発行し続けるのか?」

私の中でずっとくすぶっていた問いでした。日本人は生まれながらに900万円以上の借金を負っていることになります。そしてそれは増え続けています。なぜそれでも国債を発行し続けるのか理解できませんでした。

 

ただ、著者曰く、公的債務(国債)があまりに増えすぎると問題が起こることもありますが、少なすぎても問題なのだそうです。市場社会において銀行は公的債務がなければ生きられないからです。

 

市場社会において国債が必要な理由は以下の2点にまとめられます(詳しくはp.115~117参照)。

①そもそも国は税収だけではやっていけない仕組みになっている

お金持ちは節税に努め、政府が借り入れなしでやっていけるほど十分な税金を払いたがりません。国は足りない分を債券によって賄い、それをもとに政府がお金を使うことで直接に経済を循環させ、すべての人がその恩恵にあずかることができるのです。

②銀行にとって国債は現金のかわりに手元に置いておくのに都合が良い

銀行は利子を生まない現金を手元に置いておくことを嫌いますが、預金者が預金を引き出しに来たときのために、すぐに現金に換えられる何かを手元に置いておく必要があるのだそうです。人々が政府を信じている限り国債には必ず買い手がつくし、安全に利子を稼いでくれるので、国債は手元に置いておくのにぴったりなのです。

 

今の日本の国債発行額は多すぎると思うので減らす努力をする必要はあると感じますが、国債がまったくなくなれば万事解決ということではないのだということがわかっただけでも、この本を読んだ価値があったと思います。

 

また「選ばなければ仕事なんかいくらでもある」という「失業否定派」の考え方を見事に反論しているところも興味深かったです。モノの値段は下げていけば買い手が見つかる可能性がありますが、自分の労働力の対価(給料)を下げても職にありつけるとは限らないことを具体例をもとにわかりやすく説明しています。詳しくは「第5章 世にも奇妙な「労働力」と「マネー」の世界」を読んでみてください。

 

この本の内容は格差や市場社会の歴史に始まり、最後の方は幸せについても言及しています。

 

 人の人格や欲しいものはどうして変わるのだろう? 簡単に言うと衝突があるからだ。自分の望みを一度に全部は叶えてくれない世界と衝突することで人格ができ、自分の中で葛藤を重ねることで「あれが欲しい。でもあれを欲しがることは正しいことなのか?」と考える力が生まれる。われわれは制約を嫌うけど、制約は自分の動機を自問させてくれ、それによってわれわれを解放してくれる。

 つまるところ、満足と不満の両方がなければ、本物の幸福を得ることはできない。満足によって奴隷になるよりも、われわれには不満になる自由が必要なのだ。(p.231)

 

人の欲望に限りはないし、市場社会は欲望を生み出し続けます。自分の望みがすべて叶ってしまったら、人間の成長はそこで止まってしまう気がします。

 

この本を通して、経済について知り、経済を人任せにせず、自立した大人になることが幸せになるためには大切なことなのかなと思いました。